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レディー・ガガ Lady Gaga

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レディー・ガガ Lady Gaga

■本名 ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ(Stefani Joanne Angelina Germanotta)

■生年月日 1986年3月28日

■出身地 アメリカ合衆国・ニューヨーク州

■職業 歌手・シンガーソングライター・ダンサー・プロデューサー

■身長・体重 155cm 

■家族
父:ジョセフ・ジャーマノッタ(インターネット企業の実業家・レストラン経営)
母:シンシア・ジャーマノッタ
妹:ナタリー・ジャーマノッタ(ファッションデザイナー)

■交際・結婚
彼氏:テイラー・キニー(俳優)2011年7月にガガのミュージック・ビデオ『You & I』で共演。その頃から交際。

元彼:リュック・カール(バーテンダー)2005年ガガがまだ駆け出しのシンガーだった頃に、マンハッタンのバーで出会い交際をスタート。3年ほど付き合うが、2008年に破局。2010年7月に復縁するも翌年5月に破局。しかし1、2週間ほどで復縁。「You and I」はリュックとの関係について歌った曲だと語っていた。

■CD アルバム
2008年8月19日 ザ・フェイム
2010年3月3日 ザ・リミックス
2010年12月8日ザ・シングルス
2011年5月23日 ボーン・ディス・ウェイ

■CD シングル
2008年 ジャスト・ダンス(feat.コルビー・オドニス)
2008年 ポーカー・フェイス
2008年 ビューティフル、ダーティ、リッチ
2008年 クリスマスツリー(feat.スペース・カウボーイ)
2009年 エイ、エイ (ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)
2009年 ラヴゲーム
2009年 ラヴゲーム/ポーカー・フェイス
2009年 パパラッチ
2009年 バッド・ロマンス
2009年 ダンス・イン・ザ・ダーク
2010年 テレフォン(feat.ビヨンセ)
2010年 アレハンドロ
2010年 ポーカー・フェイス/スピーチレス/ユア・ソング(第52回グラミー賞より)(feat.エルトン・ジョン)
2011年 ボーン・ディス・ウェイ
2011年 ジューダス
2011年 ジ・エッジ・オブ・グローリー(withクラレンス・クレモンズ)
2011年 ユー・アンド・アイ(withクイーン)
2011年 マリー・ザ・ナイト

■ビデオ・アルバム
2010年5月7日 ザ・モンスター:ビデオ
2010年12月2日 One Sequin at a Time
1995年 Video Greatest Hits - History
1997年 HIStory on Film, Volume II
2003年 Number Ones DVD
2004年 The One
2005年 Michael Jackson: Live in Bucharest

■ミュージック・ビデオ
2008年 ジャスト・ダンス (featuring コルビー・オドニス)
2008年 ビューティフル、ダーティ、リッチ
2008年 ポーカー・フェイス
2009年 エイ、エイ (ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)
2009年 ラヴゲーム
2009年 パパラッチ
2009年 チリン (ワーレイ featuring レディー・ガガ)
2009年 ビデオ・フォーン (ビヨンセ featuring レディー・ガガ)
2009年 バッド・ロマンス
2009年 ビデオ・フォーン(ビヨンセ featuring レディー・ガガ)
2010年 テレフォン
2010年 アレハンドロ
2011年 ボーン・ディス・ウェイ
2011年 ジューダス

■受賞暦
・ASCAP賞 2010年 ジャスト・ダンス(優秀パフォーマンス楽曲)パパラッチ(最高パフォーマンス楽曲)
・BET賞 2010年 テレフォン(with ビヨンセ)(最優秀ビデオ)
・ビルボード・アワード 2009年 レディー・ガガ(ライジング・スター)
・ビルボード・イヤー・エンド・チャート・アワード 2009年 レディー・ガガ(ベストHot100 アーティスト、ベストHotデジタル・ダウンロード アーティスト、ベストHot ポップソングアーティスト、トップダンス/エレクトロニックアーティスト、カナダHot100 アーティスト) ポーカー・フェイス(ヨーロッパHot100 シングル) ザ・フェイム(ヨーロッパTop100 アルバム、トップダンス/エレクトロニックアルバム)
・ラテン・ビルボード・ミュージックアワード 2010年 レディー・ガガ(年間最優秀クロスオーバーソロアーティスト)
・BMI賞 2010年 ザ・フェイム(国際アルバム) レディー・ガガ(国際女性ソロ歌手、国際女性ソロ歌手)
・チャンネル・V・ミュージック・ビデオ賞 2009年 ポーカー・フェイス(Popular International Music Video) レディー・ガガ(Popular International Artist)
・ディーヴァ・アワード 2010年 ラブゲーム(Deutch's critic for most legally downloaded singles and albums)
・エコー賞 2010年 レディー・ガガ(最優秀国際女性アーティスト、最優秀国際新人) ポーカー・フェイス(最優秀国際/国民的年間ヒット)
・ESKAミュージック・アワード 2009年 レディー・ガガ(最優秀新人賞)
・Fonogram賞 2010年 ザ・フェイム(最高国際モダンポップ/ロックアルバム)
・GLAADメディア・アワード 2010年 レディー・ガガ(アウトスタンディング・ミュージックアーティスト)
・グラミー賞 2010年 ポーカー・フェイス(最優秀楽曲賞) ザ・フェイム(最優秀エレクトロニック/ダンス・アルバム賞)
・インターナショナル・ダンス・ミュージック・アワード 2009年 レディー・ガガ(Best Break-Through Artist(Solo)) ジャスト・ダンス (with コルビー・オドニス)(Best Pop Dance Track) 2010年 ザ・モンスター(最優秀アルバム)
・日本ゴールドディスク大賞 2010年 レディー・ガガ(ニュー・アーティスト・オブ・ザ・イヤー、ザ・ベスト3 ニュー・アーティスト)
・メテオ・ミュージック・アワード 2010年 レディー・ガガ(最優秀国際女性歌手)
・MP3 Music Awards 2010年 ラヴゲーム(CDアワード - ラジオ/ チャート / ダウンロード)
・MTV賞 2009年 レディー・ガガ(Mejor Artista Nuevo Internacional) ポーカー・フェイス(Canción del Año)
・MTVヨーロッパ・ミュージック・アワード 2009年 レディー・ガガ(新人賞)
・MTV Video Music Awards Japan 2010年 ポーカー・フェイス(最優秀ダンスビデオ賞)
・MTV Video Music Awards 2009年 ポーカー・フェイス(最優秀新人賞) パパラッチ(最優秀ビデオ編集賞、特殊効果賞) 2010年 バッド・ロマンス(最優秀ビデオ賞、最優秀女性ビデオ賞、最優秀ポップビデオ賞、最優秀ダンスビデオ賞、最優秀芸術監督賞、最優秀振付け賞、最優秀編集賞) テレフォン(with ビヨンセ)(最優秀コラボレーション賞)
・マッチミュージック・ビデオ・アワード 2009年 ポーカー・フェイス(最優秀国外アーティストビデオ賞)
・NMEアワード 2010年 レディー・ガガ(ベスト・ドレッサー、ワースト・ドレッサー)
・NRJ Music Awards 2010年 レディー・ガガ(年間国際リベレーション賞)
・ピープルズ・チョイス・アワード 2010年 レディー・ガガ(ポップ・アーティスト賞、ブレイクアウト・アーティスト賞) 2012年 「ボーン・ディス・ウェイ」(ミュージック・ビデオ賞) 「ジ・エッジ・オブ・グローリー」(アルバム賞)
・Premios Oye 2009年 ザ・フェイム(最優秀アルバム、最優秀新人) ポーカー・フェイス(最優秀レコード)
・ポップジャスティス・リーダーズ・ポール・アワード 2008年 レディー・ガガ(最優秀新人) 2009年 ポーカー・フェイス( 最優秀シングル) バッド・ロマンス(最優秀ビデオ) ザ・モンスター(最優秀アルバム) レディー・ガガ(最優秀新人)
・Qアワード 2009年 ジャスト・ダンス(優秀ビデオ)
・SPACE SHOWER Music Video Awards 2010年 パパラッチ(BEST INTERNATIONAL VIDEO)
・スターシャインマガジン・ミュージック・アワード 2009年 ジャスト・ダンス(最優秀ダンスソング) "The Fame"(年間最優秀アルバム賞) ポーカー・フェイス(年間最優秀楽曲賞) レディー・ガガ(最優秀新人賞、最も人気のある女性歌手)
・スイス・ミュージック・アワード 2009年 ポーカー・フェイス(優秀国際楽曲賞)
・ティーン・チョイス・アワード 2009年 ジャスト・ダンス (with コルビー・オドニス)(優秀楽曲賞) 2010年 レディー・ガガ(優秀女性アーティスト、サマーミュージックスター)
・ザ・レコード・オブ・ザ・イヤー 2009年 ポーカー・フェイス(ザ・レコード・オブ・ザ・イヤー)
・TMFアワード 2009年 レディー・ガガ(優秀インターナショナル女性アーティスト、優秀ポップ・インターナショナル、優秀インターナショナル新人賞)
・イギリス・ミュージック・ビデオアワード 2009年 パパラッチ(優秀国際ビデオ)
・ヴァージン・メディア・ミュージック・アワード 2009年 ザ・フェイム( 最優秀アルバム) レディー・ガガ(恥知らずな売名家)
・ワールド・ミュージック・アワード 2010年 ポーカー・フェイス(年間優秀楽曲賞) ザ・フェイム(年間最高アルバム賞) レディー・ガガ(最高ポップ/ロック歌手、最高新人賞、アメリカのヒットアーティスト)

イタリア系アメリカ人でインターネット企業の実業家の家庭のもと、ニューヨーク州ヨンカーズに生まれる。家は裕福で箱入り娘として育てられる。4歳で楽譜なしでピアノが演奏できるようになる。父親が初めて聴かせてくれたレコードはスティーヴィー・ワンダーであり、その後ブルース・スプリングスティーンの曲などをピアノで練習するようになる。多くの有名アーティストを手掛けた先生からレッスンを受けるようになり、13歳になるころには初のピアノ・バラードを自分自身で作曲。

11歳当時にジュリアード学院の音楽部門に合格するも、当時は音楽にさほど興味が無く入学を辞退し、マンハッタンのカトリック系の私立学校、Convent of the Sacred Heart(聖心女子学院)に通う。同学校はヒルトン姉妹(パリスとニッキー)も在籍していたお嬢様学校だが、パリスとは6歳年が離れており学年が異なる為、学校の廊下で見かけたことしかないという。伝統的な富豪家庭のお嬢様が多く通う中、ガガは1代の成り上がりの家だった為周囲に馴染めなかった。さらにガガは変わった性格で、話し方も大胆で芝居じみていた為学校でいじめに合い、ロッカーには悪口が書かれ、廊下では常に「売女」と言われたという。街で男子に同級生の目の前でゴミ箱に捨てられたこともあり、「アンタ泣くわけ?哀れよね」と笑われ、ガガも自分自身を笑うしかなかったという。

14歳からニューヨークのクラブでパフォーマンスを開始し、17歳で、これまで世界で20人しか早期入学が許されていないニューヨークにあるティッシュ・スクール・オブ・アート(ニューヨーク大学の芸術学部)に入学する。そこで彼女は音楽を本格的に学び、エッセイや論文を書くことによって作詞作曲技術を改善した。この頃から地味だったクラブのパフォーマンスも個性を追求するたびに派手になっていき、大学でも奇抜なスタイルにより周囲から煙たがられる存在となる。周囲から「あなたってレズビアンなの?」「そんな恰好をしたって、誰もあなたなんて見てないのよ」と言われ続けたと後にインタヴューで語っている。結局ガガは大学1年生のときにニューヨーク大学を退学し、ドラッグ中毒に陥ってしまう。しかしブリトニー・スピアーズやビヨンセに触発され、スターになるという夢を再確認したガガは自らの意思でドラッグをやめ、芸術活動に専念するようになる。

19歳の時にデフ・ジャム・レコーディングスと契約し、親元を離れニューヨーク市の近郊のストリップクラブでダンサーをしながら生計を立てた。このことは特に隠さず、「ストリップクラブで働いていた。私のような裕福なイタリア系の家庭の出では珍しいことだ」と述べ、ストリッパーとして生計を立てていたことを明かしている。

また同時期インタースコープ・レコードとソングライターとして契約をし、同レーベルのアーティストを中心に複数のミュージシャンに楽曲提供を行った。その後楽曲提供を行う中でエイコンにガガの歌手としての才能を認められ、エイコン自身のレーベルコンライブとレコード契約し、歌手としてのキャリアをスタートさせた。

ガガの初期に制作された楽曲に携わった音楽プロデューサーのロブ・フサーリはガガの声のスタイルをフレディー・マーキュリーのそれと比較し、ガガがスタジオに来るとき挨拶代わりにフサーリは『Radio Ga Ga』を歌った、それはガガの入場曲のようなものであったという。そして、ある時、フサーリがガガに送ったメールの中で書いた「Radio Ga Ga」という文が、修正機能で「Radio」が「Lady」になり、「Lady Ga Ga」になってしまった。しかし、それを大変気に入ったガガが「二度と私をステファニーと呼ばないで!」と言ったため、以後「レディー・ガガ」と呼ばれるようになった。

2007年にインタースコープ・レコードとソングライター契約し、同レーベルに所属するファーギー、ブリトニー・スピアーズ、プッシーキャット・ドールズ、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック、エイコンといった有名アーティストに楽曲を提供した[15]。制作者として活動を続けていたときにエイコンがガガには制作者としてだけではなく、歌手としての才能もあると認め自身のレーベルコンライブとアーティスト契約を締結。

2008年にデビュー・アルバム『ザ・フェイム』をリリース。彼女自身が全ての歌詞を手がけ、メロディー作曲も自分でこなし、シンセサイザーの部分も自らが演奏している。『ザ・フェイム』は、オーストリア、イギリス、カナダ、アイルランドチャートにて1位を獲得。アメリカ合衆国とオーストラリアでは最高位4位を、日本では最高位6位を記録している。全世界での売上枚数は1200万枚を突破している。アルバムからのリードシングル「ジャスト・ダンス」は2008年4月8日にリリースされ、世界各国で首位を獲得。「ジャスト・ダンス」は、イギリスなど世界5カ国のシングルチャートで1位を獲得し、リリースから半年以上経った2009年1月にアメリカでも1位に到達した。2009年2月に行われた第51回グラミー賞では「ジャスト・ダンス」で最優秀ダンス・レコーディング賞にノミネートされるも、ダフト・パンクの「仕事は終わらない」が受賞し、ガガは受賞を逃している。「ジャスト・ダンス」は全世界で700万枚以上売り上げるヒットとなった。

続いて2008年にリリースされた「ポーカー・フェイス」は2009年4月11日付けのアメリカ合衆国のシングルチャートBillboard Hot 100で1位となった。これによりガガは2000年以降、デビュー・アルバムから2枚のシングルを全米チャート1位に送り込んだ初の新人アーティストとなった。1st、2ndシングル2枚で全米1位を達成した女性新人アーティストは3人で、ガガはティファニー、マライア・キャリー、クリスティーナ・アギレラに次ぐ4人目となった。この楽曲はイギリス、カナダ、オーストラリアを始めとした世界17の国と地域のシングルチャートで1位を獲得している。また、「ポーカー・フェイス」はヨーロッパ全土を対象にしたシングル・チャートEurochart Hot 100 Singlesでも16週にわたって1位を記録。さらにイギリスのThe Official Chart Companyが発表した"イギリスで最もダウンロードされた曲"では77万ユニットのダウンロード数により1位を獲得している。「ポーカー・フェイス」は全世界で1000万枚以上売り上げ、2000年代を代表する楽曲となった。

その後、ガガは同じインタースコープ・レコード所属のアイドルグループニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのアメリカ市場でのツアーに同行。ガガは2008年10月8日のロサンゼルス公演から最終日の11月までを彼らと共に回り、またこれがガガにとって初のツアーとなった。なお、ガガは彼らの新作アルバム『ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック』に楽曲「ビッグ・ガール・ナウ」を提供、客演も行っている。

2009年1月には、オセアニアとヨーロッパの一部の国のみで「エイ、エイ (ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)」をシングル・リリース。同曲はオーストラリア、ニュージーランド双方でゴールドの認定を受けている。ガガ初の自身の北アメリカライヴ・ツアーThe Fame Ball Tourは2009年3月12日からスタートし、このツアーは批評家から賞賛された。5月にはプッシーキャット・ドールズでオープニング・アクトも勤めている。

その後世界市場に向けての3rdシングル「ラヴゲーム」を発表。この楽曲のミュージック・ビデオは、オーストラリアのテレビ局Network Tenではビデオの内容と楽曲の歌詞が"過激すぎる"ことを理由にビデオの放映が中止され、イギリスでは同じ理由でシングル化自体が見送られている。この楽曲は7月に米ビルボード誌のエアプレイ・チャートMainstream Top 40の2009年7月25日付のチャートで1位を獲得。デビュー・アルバムから「ジャスト・ダンス」、「ポーカー・フェイス」の2曲に続けて3曲を連続で同チャート1位に送り込んだ史上3組目のアーティストとなった。

2009年5月、有力な音楽雑誌『ローリング・ストーン』の毎年恒例となっているHOTリスト号の同誌6月号の表紙をセミヌード姿で飾った。この時ガガは同誌のインタビューの中でバイ・セクシャルであることを告白した。

7月にはイギリスで「パパラッチ」をシングル・リリースしている。MTV Video Music Awards 2009でガガは、この楽曲を含む同年のアワード最多となる合計9部門でノミネートを受け、9月に行われた授賞式では『パパラッチ』のライブ・パフォーマンスを披露した他、「ポーカー・フェイス」での最優秀新人アーティスト賞を含む合計3部門で受賞加えて、米ビルボード誌主催のWomen In Musicアワードでは新人賞にあたるRising Star賞を受賞している。

2009年11月に2枚目のアルバム『ザ・モンスター』を発表した。全世界で600万枚以上売り上げ、2010年世界で最も売れたアルバムとなった。同アルバムからのシングル「バッド・ロマンス」「テレフォン」はそれぞれ全米チャートTop3に入る大ヒットになる。MTV Video Music Awards 2010では歴代2位となる8冠を獲得した。この再発盤からの1stシングル「バッド・ロマンス」は『サタデー・ナイト・ライヴ』にて初披露されている。同番組ではマドンナとパフォーマンスを披露している。『ザ・モンスター』の収録曲「スピーチレス」は2009年12月11日に行われたロイヤル・ヴァラエティ・パフォーマンスで披露した。そこでは、エリザベス女王と対面した。2009年の暮れにThe Monster Ball Tourをスタートさせた。

2010年5月、アメリカの雑誌『タイム』の世界で最も影響力のある有名人を選出する「タイム100」のアーティスト部門の1位に選ばれた。

2010年1月14日、Monster Ballツアーのウェストラファイエット公演を体調不良のために中止した。彼女は本番前に呼吸がしにくいことを訴えた。救護隊員はガガは脱水症状と疲労による不整脈で苦しんでいたと発表した。同年1月31日に行われた第52回グラミー賞にて初のグラミー賞を受賞した。「ポーカー・フェイス」で年間楽曲賞、年間レコード賞、最優秀ダンスレコーディング楽曲賞にノミネートされ、最優秀ダンスレコーディング楽曲賞を受賞した。アルバム『ザ・フェイム』は最優秀エレクトロニック/ダンスアルバム賞を受賞した。

2010年3月19日、『ザ・フェイム』のプロデューサーでガガの名付け親でもあるロブ・フサーリがアルバム制作に関する報酬を受け取っていないとして、利益の20%を支払うようにガガを訴えた。同年8月にニューヨーク最高裁判所は訴訟を棄却、その後、両者は和解した。同年4月16日、YouTubeにおけるガガのミュージックビデオの累計再生回数が10億回を突破し、同サイトの新記録を樹立した。同年4月、『ザ・モンスター』からの3rdシングル「アレハンドロ」を発表し、ロザリオを口に入れるシーンが宗教冒涜として問題となった。同月、アメリカの雑誌『タイム』が世界で最も影響力のある有名人100人を選出する「タイム100」のアーティスト部門で1位になった。MTV Video Music Awards 2010では9部門にノミネートされ8部門を制する大勝利を収めた。

2011年には3枚目のアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』を発表し28ヵ国で1位を獲得、特にアメリカでは配信後3時間で1位を獲得した。同アルバムは800万枚以上の売り上げを記録した。アルバムからのシングル「ボーン・ディス・ウェイ」「ジ・エッジ・オブ・グローリー」は世界的ヒットとなった。批評家やファンからはマドンナのエクスプレス・ユアセルフ」と酷似しているとの声も挙がったが、ガガは「この曲はマドンナのサポートを受けている。女王様がいいと言えばそれでいい」と述べた。

ガガはプロモーションとして世界中を飛び回り、6月20日には日本に4回目の来日を果たした。auのCMでガガの曲が使用されたことや、東日本大震災においてチャリティーリストバンドを即座に販売して収益を寄付したことで知名度が急上昇し、ガガの来日は大きく報道された。震災復興イベント「MTV VIDEO MUSIC AID JAPAN」では蜘蛛の巣パフォーマンスでスタジアムを沸かせた。

第53回グラミー賞授賞式ではガガは卵型カプセルに乗ってこの曲を歌い上げた。また、グラミー賞授賞式前には大麻吸引を自ら暴露し「ファンに嘘はつきたくないし、最近は大量には吸引していない」と語った。

8月23日にはガガが最も尊敬する世界的ロックバンドのクイーンのギタリストであるブライアン・メイとのコラボ作「ユー・アンド・アイ」が4thシングルとしてリリースされ、多くの国でTOP10入りを果たした。MTV Video Music Awards 2011では2冠獲得し、ステージ上でブライアン・メイと「ユー・アンド・アイ」を披露した。この頃、デビュー時からガガと共に仕事をこなしてきた振付師のローリーアン・ギブソンと決別した。ギブソンは振り付け以外にもビデオの監督や楽曲のプロデュースを手掛けていたが、互いの方向性の違いにより距離を置くという選択を下した。11月にはアルバムからのラストシングルとなる「マリー・ザ・ナイト」をリリースし、ガガ自らビデオの監督を務めた。ビデオではガガの半生を描いており、話題となった。

ガガはファッションについて「何よりも大切なもの」でまた「私のすべて」であると話している。そのファッションに対する愛情は母親の影響が大きく「常に身だしなみがよく、美しい」と語っている。また、「私が音楽を書いているとき、私は私がステージで着たい服について考えている。それは、パフォーマンスアート、ポップパフォーマンスアート、ファッションと全てについてである」と主張している。彼女は彼女自身が持つ創造的なチームを『ハウス・オブ・ガガ』と呼んでいる。チームは彼女の服、ステージ、ヘアスタイルなど多くに関わる。ガガはドナテラ・ヴェルサーチが自身のミューズであると考えていると述べた。ガガの発言を受けて、『ロサンゼルス・タイムズ』のメリッサ・マグサイサイは「ガガがトップとボトムを同時に着ることを嫌悪する。シャンパンをがぶ飲みし油っぽい男性に仰がれているのは、まさにドナテラ風」というコメントをした。

2008年末頃に歌手のクリスティーナ・アギレラとの類似が指摘され始めた。指摘されたのは主にスタイル、ヘアーやメイクアップの類似であるが、これを聞いたアギレラは「ガガを知らない」「ガガが男性か女性かも知らない」と述べている。この発言を受けてガガは「彼女はビッグスター。そして、類似が指摘されるまで多くの人は私を知らなかったから、何かあるとすれば私は彼女に花を送らなくちゃいけない」というコメントを発表した。その後、ガガは「私はこのスキャンダルで記憶されたくない」と付け加えた。

ガガは6つのタトゥーをいれていることが確認されている。手首にあるピースシンボルのタトゥーはイギリスのミュージシャン、ジョン・レノンに影響を受けたもので、ガガは『ガーディアン』において彼を「英雄」だと語っている。ガガは「このタトゥーを入れた理由は2つあるの。ひとつはもちろん反戦の意思表示として。そしてもうひとつは……ジョンとヨーコが“Give peace a chance(平和にチャンスを与えて)”と宣言した時、それが具体的に何を意味するのか2人は詳しく説明しようとしなかった。“それだけのシンプルなこと”としか言わなかったわ。つまり、このタトゥーはシンプリシティのパワーを私に思い出させてくれるの。シンプルであれば魔法の薬がなくても誰にでも理解できて、チャンスを与えてあげさえすればいいんだってことを」と語っている。左腕には詩人のライナー・マリア・リルケの詩が引用されている。ガガはリルケを「一番好きな哲学者」と評しており、自身はドイツ語を解さないものの、毎日その詩のタトゥーを見ることによって、「書き手(ソング・ライター)」としての励みにしているという。訪日時に、日本のポップカルチャーに感銘を受けて「LOVE TOKYO」というタトゥーを左肩に入れた。なお、父親の頼みにより、タトゥーは体の左側だけに入れるようにしている。ガガの髪は自然なブルネットである。しかし、それだと歌手仲間であるエイミー・ワインハウスに間違えられるので髪をブロンドに染めた。

2010年7月、BANG Media Internationalによると、カリフォルニアの高級住宅地ベル・エアにある500万ドル(日本円で約4億5000万円)の豪邸に賃貸で入居した。この豪邸は敷地面積が1エーカー(約4047平方メートル/約1226坪)あり、ハリウッドと太平洋が見渡せる場所にあるという。家賃は月225万円だが、ガガは2010年4月までコンサートツアー中のため、自宅に戻ることはほとんどないという。また、ロシア人の億万長者でガガの熱狂的なファンの男性が、ガガのミュージックビデオに一緒に出演するために用意した100万ドル(日本円で約9000万円)をガガは受け取り、この男性はアルバム『ザ・モンスター』の収録曲「アレハンドロ」のミュージックビデオで黒の革のコートと帽子を着用した警官役で登場している。

2010年7月、経済誌フォーブス誌が2009年6月から2010年の6月の1年間で「最も稼いだ30歳未満のセレブリティ12人」を発表し、ガガは6,200万ドル(日本円で約55億8,000万円)を稼いで3位にランクインした。

ビルボード誌による「2010年米音楽業界で最も稼いだアーティスト」ではガガの年収はおよそ25億であり、ボン・ジョヴィやテイラー・スウィフト、ポール・マッカートニーといったアーティストを抑えて第1位であったことが発表された。

2011年1月、フォーブス誌がガガの2011年の所得は1億ドル(日本円で約83億円)を超えるであろうと大胆予想をした。ガガは2010年の『The Monster Ball Tour』だけで6300万ドル(日本円で約52億円)を稼いでいるが、2011年の2月から同ツアーが再開されるほかに高額なCM出演料と5月にはニューアルバム『Born This Way』のリリースも控えているために2010年の所得額を上回ると予想されるという。フォーブスは、アルバムの『Born This Way』関連でガガは1000万ドル~1500万ドル(日本円で約8~12億円)の所得を得るだろうと予想している。

2011年3月、パレード誌が前年の稼ぎを発表する「第28回最も稼いだ人々」を発表し、ガガは6200万ドル(日本円で約51億円)を稼ぎ、7位にランクインした。

2011年5月、フォーブス誌が毎年発表している「世界で最も影響力のあるセレブ100人」で、2011年はガガが1位に選ばれたと発表した。このランキングはトム・クルーズとアンジェリーナ・ジョリーがそれぞれ1位になった2006年と2009年を除くと、オプラ・ウィンフリーが2005年から1位をほぼ独占してきたが、2011年は2位落ちの結果になった。

2011年6月、フォーブス誌が「最も稼いでいる30歳未満のセレブ」を発表し、2010年の5月からの1年間で9,000万ドル(日本円で約72億円)を稼ぎ出してトップに輝いた。これは22カ国137公演のコンサート、1,500万枚のアルバム売り上げから算出された数字だという。

上記のように、数々のメディアでガガが稼いでいることが報道されているが、ツアーやPV、衣装、義捐金代を除くと実は大赤字だということをガガは自ら暴露している。2009年からスタートしたThe Monster Ball Tourはツアーの前半ではすでに破産状態で、ガガが関係者に「何で私がお金が無いって言いふらしてるの! 私はナンバー1シングルが5枚もあるのよ! お金が無いわけないじゃない!」と言うと「ガガ、あなたは今借金が300万ドル(約2億4600万円)もあるのよ」と返されたという。

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